12月のコラム
今年も様々に世の中は動いた。
師走の荒ただしい中、新年の東奥日報社説を読み返した。
東日本大震災の3ヶ月前、卯年、向かい風に折れない心を持って、今ある苦境に立ち向かい、生きる希望ある社会の実現を!と結んだ社説。
その後の日本、青森県は今、どういう状況だろう。
国の政治も経済も、まして海外も。
歴史は繰り返し、悲劇と喜劇を一喜一憂するドラマのような一年だった。
そういえば、今年は浄土宗祖師 法然の800回忌、新宗祖師 親鸞の750回忌の年でもあった。
彼等の生きた鎌倉の時代とちょうど今の混沌とした時代が重なる思いがする。
あの時代、あの時に生きた民衆の救いの叫びが今と同じに聞こえてくる。
あの時代、民衆は何に救いを求め、誰に救われたのだろうと考える。
法然・親鸞の生き様を思うごとに「もう一度、ひとりの人として、人間として皆が原点に立ち帰れ」と彼等の声がしてならない。
もう一度ひとりの人間として自分を見つめ直し、他者へと目線を移して見ることが大切なのではないかと。
東日本大震災はまさに見えない絆に結ばれた、日本人がひとつになった良い機会だったと思えてならない。
信ずるよりも感ずる心の大切さを福島の原発は訴えている気がしてならない。
「安全神話」などありえなかったと。
天は警鐘するのである。
社説では、高浜虚子の「春風や闘志いだきて丘に立つ」の力強い句をはなむけとして県民に送った。
私は思う。
「個」の時代から「見えない絆を感ずる」時代に。
私もそんな心を持ったリーダーであるべきではないかと。
しめやかに、時には激しく、ひとりをじっくりと見つめながら皆と一緒に歩みを進めようと思う。
まずは今年の締めくくりの所感といたします。
今年度中は皆様には本当に大変お世話になり、ありがとうございました。
来年が良い年である様に、皆様のご多幸とご健康、ご活躍を祈念申し上げます。
師走の荒ただしい中、新年の東奥日報社説を読み返した。
東日本大震災の3ヶ月前、卯年、向かい風に折れない心を持って、今ある苦境に立ち向かい、生きる希望ある社会の実現を!と結んだ社説。
その後の日本、青森県は今、どういう状況だろう。
国の政治も経済も、まして海外も。
歴史は繰り返し、悲劇と喜劇を一喜一憂するドラマのような一年だった。
そういえば、今年は浄土宗祖師 法然の800回忌、新宗祖師 親鸞の750回忌の年でもあった。
彼等の生きた鎌倉の時代とちょうど今の混沌とした時代が重なる思いがする。
あの時代、あの時に生きた民衆の救いの叫びが今と同じに聞こえてくる。
あの時代、民衆は何に救いを求め、誰に救われたのだろうと考える。
法然・親鸞の生き様を思うごとに「もう一度、ひとりの人として、人間として皆が原点に立ち帰れ」と彼等の声がしてならない。
もう一度ひとりの人間として自分を見つめ直し、他者へと目線を移して見ることが大切なのではないかと。
東日本大震災はまさに見えない絆に結ばれた、日本人がひとつになった良い機会だったと思えてならない。
信ずるよりも感ずる心の大切さを福島の原発は訴えている気がしてならない。
「安全神話」などありえなかったと。
天は警鐘するのである。
社説では、高浜虚子の「春風や闘志いだきて丘に立つ」の力強い句をはなむけとして県民に送った。
私は思う。
「個」の時代から「見えない絆を感ずる」時代に。
私もそんな心を持ったリーダーであるべきではないかと。
しめやかに、時には激しく、ひとりをじっくりと見つめながら皆と一緒に歩みを進めようと思う。
まずは今年の締めくくりの所感といたします。
今年度中は皆様には本当に大変お世話になり、ありがとうございました。
来年が良い年である様に、皆様のご多幸とご健康、ご活躍を祈念申し上げます。
- 2011年のおしらせ一覧[6]
